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高知地方裁判所須崎支部 昭和59年(人)1号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一請求者と拘束者は昭和五四年一一月九日婚姻の届出をした夫婦であること、被拘束者は昭和五八年四月四日請求者と拘束者との間に出生した長男であること。請求者が養護教員をしていること、請求者と拘束者とは、その関係が冷え、些細なことで喧嘩をし何日も口をきかないような状態が度重なつたこと、拘束者は些細な夫婦喧嘩の末昭和五九年二月二〇日当時請求者と拘束者とが同居していた家を出て拘束者の実家(拘束者の現住所地)に住むようになつたこと、請求者が高知家庭裁判所須崎支部に夫婦関係調整の調停を申し立てたこと、拘束者が昭和五九年三月一日請求者の実家を訪れ、被拘束者を渡して欲しい旨申し入れたこと、請求者はこのとき被拘束者を拘束者に引渡したこと、請求者は昭和五九年三月一六日から同月末日まで被拘束者を養育したこと、拘束者は昭和五九年四月一日以降被拘束者を養育していること、拘束者は前記調停の第三回期日(昭和五九年四月四日)において今後ずつと拘束者が被拘束者を養育する旨言明したこと、拘束者の両親の家庭には拘束者の弟夫婦も同居し、その間には子供もいること、被拘束者を実質的に養育している拘束者の母親には糖尿病の入院歴があること、請求者の実家には請求者の両親と独身の弟が同居していること、請求者は養護教員をしているので昼間は被拘束者を養育できないこと、はそれぞれ当事者間に争いがない。

二被拘束者は昭和五八年四月四日出生し、現在一歳四か月の年齢であるから、意思能力のない幼児というべきであり、拘束者が監護方法として被拘束者を手元に置く行為は当然被拘束者に対する身体の自由を制限する行為を伴うもので、それ自体人身保護法及び同規則にいわゆる「拘束」と解するに妨げのないものである(最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決、民集一二巻八号一二二四頁、同昭和四三年七月四日第一小法廷判決、民集二二巻七号一四四一頁)。

三ところで、人身保護法による救済の請求においては、人身保護規則四条本文により拘束の違法性が顕著であることがその要件とされているが、本件のように夫婦の一方が他方に対し共同親権に服する幼児の引渡を請求する場合においては、その顕著性は主として、幼児が請求者の手によつて監護される方が拘束者によつて監護されるよりも幼児の幸福のためになることが明白か否かという見地から判断さるべきである(前掲最高裁昭和四三年七月四日第一小法廷判決)。

四そこで、本件において、被拘束者に対する拘束の違法性が顕著であるか否かについて判断する。

1 前記争いのない事実並びに<疎明>を総合すれば、次の事実が一応認められる。

(一) 請求者と拘束者とは、昭和五三年夏アルバイト先のレストランで知り合い交際を始め恋愛結婚をし(昭和五四年一一月九日婚姻の届出あり。)、それぞれ親元を離れ高知県須崎市大間に家を借りて新婚生活を始めた。請求者は、昭和五三年四月から養護教員として勤務しており、結婚前から請求者と拘束者とは結婚後も共働きをする約束であつたことから、請求者は結婚後も平日は学校に勤務している。他方拘束者は、その父親が実家で経営する土建業を手伝つており、拘束者の実家に通つて働いている。ところで請求者は右のような勤務を持つていることから平日は拘束者と会話をしたりすることが少ないので休日には拘束者と一緒に買物をしたり、拘束者に家の仕事を手伝つてもらつたりして拘束者が請求者と一緒にいることを望んでいたのであるが、拘束者は社交的で趣味が多く休日には外出したり、友人を突然家に連れてくることがあり、このことで請求者と拘束者とはしばしば意見が対立した。さらに請求者が体調が悪いため勤務先を拘束者に無断で休んだことがあつたが、そのことが拘束者に知れたことから拘束者との間で言い争いになり、拘束者は請求者が仕事をすることを好まないようになつた。右の出来事及び右のような些細な事から請求者と拘束者とは新婚後しばらくしないうちからお互いの意見が対立することが多く、そのため口をきかない状態が度重なり、夫婦関係は円満を欠くようになつた。

(二) 請求者はそのうち拘束者との間に子供を身ごもり、昭和五八年二月からは出産のために休職し、同年四月四日被拘束者である長男を出産した。請求者は出産後も翌五九年三月末まで休職を続け、被拘束者の育児に専念した。被拘束者は誕生後一歳になる前まで約一年間は請求者と拘束者のもとで養育されたのであるが、その間体重、身長、胸囲、頭囲につき同年齢の幼児より若干小柄ではあるが、栄養状態は良又は普通であり、概ね健康で順調に成長していたものである。ところでこの間請求者は被拘束者に少しでも食事を多くとらせようと考え、ミルクを飲ませる回数をふやしたり、被拘束者の寝入る直前にミルクを飲ませるなど食事の与え方に特に注意を払つていた。

(三) 拘束者は昭和五九年二月五日帰宅した後請求者から頼まれて被拘束者を入浴させて寝かせたのであるが、そのとき自分も被拘束者の傍でつい寝入つてしまつた。ところが請求者が同日午後一一時頃、被拘束者が布団から半身を出して寝ているのを見つけ、拘束者を起しなじつたことから翌日の午前四時頃まで口論となり、その結果請求者と拘束者との夫婦関係はこれまで以上に嫌(ママ)悪なものになつた。

拘束者は請求者との右のような生活に耐えられず、請求者とは別居することを決断し、同年二月二〇日請求者に対し、拘束者の方が家を出る旨告げ、当時生活していた借家を去り、拘束者の両親の住む現住所へ帰り、現在に至つている。

請求者は、拘束者がその実家へ帰つてしまつた後、拘束者に対してもう一度請求者のもとに戻つてくるように電話をかけたり、拘束者の母親に拘束者を説得してほしいと依頼したのであるが、一週間程経つても拘束者は請求者の住む家には戻つて来なかつたので、請求者も被拘束者を連れて請求者の両親の住む実家(請求者の現住所)へ帰り、その後現在まで同所で生活しており、拘束者とは別居生活が続いている。

(四) 拘束者は、昭和五九年三月一日請求者の実家を訪れ請求者に対し被拘束者を見たいので拘束者に引渡して欲しい旨申し入れた。請求者はこれに応じ拘束者に被拘束者を渡したところ、拘束者は二、三日経つても請求者に被拘束者を返さなかつた。そこで請求者は拘束者の実家へ電話をしたり、直接拘束者の実家へ赴いて、被拘束者の引渡しを申し入れたが、拘束者やその親族から被拘束者の引渡を拒絶された。そこで請求者は第三者を介して拘束者との間で被拘束者の引渡を交渉し、その結果同年三月一六日から同月末日までは請求者の実家で被拘束者を引き取り養育することになり、同月一六日請求者が被拘束者を引き取つた。

ところが同月末日になり、拘束者が請求者に対し、被拘束者を拘束者の実家に引き取りたい旨申し入れた。請求者は、このとき、夫婦関係調整の調停を申し立てている高知家庭裁判所須崎支部での第三回調停期日が四月四日と決まつており、この期日において請求者と拘束者の将来の夫婦関係及び被拘束人の監護、養育問題等を話し合うことになつていたので、この日までは被拘束者の養育場所を変更しない方がよいと考え、拘束者からの右申出を拒絶した。拘束者はこれに対し被拘束者の引渡を強く希望し、請求者との中に入つた前記第三者を通し、請求者に対し被拘束者を引き渡すように強く迫り、その結果請求者の側はこれに屈して被拘束者を拘束者に引き渡すことを承諾し、拘束者は四月一日被拘束者を引き取つた。そして拘束者は同日以降その実家(拘束者の現住所)において被拘束者を監護養育している。

(五) 被拘束者は現在年齢が一歳四月であり、健康状態については格別の問題はない。被拘束者は、拘束者がその父親が営む土建業の手伝いをしている関係で、拘束者と接する機会があるのは、朝晩と仕事の合間であり、現在は主に拘束者の母親である甲野秋子により養育されている。拘束者の実家には拘束者及びその父、母と拘束者の弟夫婦とその間の子供(被拘束者と同年齢程の女児)がおり、被拘束者は従妹にあたる右女児と遊ぶことが多い。拘束者はその両親から被拘束者の監護、養育の面はもちろん、経済的な面においても援助を受けることは可能な状態にある。

他方、請求者の実家はみかん、しようが、稲を作つている農家であり、請求者とその父、母、弟(独身)がいる。請求者の実家では農業に従事しているのは父と弟であり、母は農繁期等には農業を手伝つているが、特に今年は被拘束者を養育するためにしようがの作付け面積を減らしている関係もあり、被拘束者を監護養育できるだけの時間的余裕はあり、また請求者はその両親から経済的援助を受けることもできる状態である。請求者自身は昭和五九年四月から再び養護教員として勤務を始め、平日は朝から夕方まで働いており、家を留守にしている。

2 以上の事実に基づいて被拘束者の拘束の違法性が顕著であるといえるかどうかについて考えてみる。被拘束者は年齢が未だ一歳四か月の幼児であり、物心がつき始め、その日常の監護に温かい配慮を必要とする年頃である。この時期に被拘束者を母親である請求者から相当期間にわたつて遠ざけることは、精神発育、性格形成上回復しがたい悪影響を与えるおそれがないとはいえず、むしろこの時期の幼児にとつては、母親が病気、貧困その他の事情により子の監護養育を十分にすることができないとか子の円満な人格形成に悪影響を及ぼすおそれのあるような醜業に従事しているとかその他特段の事情が認められない限り、母親の膝下に置いて行き届いたきめ細かな愛情のもとで監護養育されるのが自然であり、その肉体的、精神的、社会的成長のためにも好ましく子にとつて望ましいことが一般的に肯定される。

本件につき右の特段の事情があるか否かを検討してみるに、請求者には被拘束者の食事の与え方につき若干神経過敏な点が窺えるものの、一般に第一子の場合には、母親が育児の経験不足から食事の与え方や育児方法などにやや神経過敏になることはそれほど珍らしいことではなく、加えて請求者と拘束者との夫婦仲が不和であつたこと等を考慮すると請求者の右の態度は十分理解できること及び請求者が被拘束者を監護養育していた間、被拘束者は順調に発育していたこと等に照らせば、請求者において母親としての資質、育児の能力に著しい欠点がある等の前記特段の事情は認められない。さらに本件では被拘束者に対する愛情及びその養育のための経済的能力は、請求者側と拘束者側のいずれにおいても大差なく、また両者の家庭環境も、拘束者方に被拘束者の従妹で同年齢程の女児がいて、同児には両親がそろつているが被拘束者には現在父親(拘束者)しかいないという点で被拘束者に対する若干の悪影響が懸念される点を除けば、被拘束者の監護、養育において顕著な差異があるとは認められない。

ところで人身保護法の手続により幼児をその拘束から解放すべきか否かを決するに際しては、現在の拘束状態を直ちに変更することが幼児の心身の平穏を著しく乱すことがないかどうかも考慮すべきであるが、本件においては被拘束者は拘束者側に引き取られて約四か月を経過したにすぎないものであり、被拘束者を請求者のもとに戻しても被拘束者の心身の平穏が著しく乱されることはないと判断できる。

以上によれば、被拘束者は請求者のもとで監護、養育される方が被拘束者の幸福のためになることは明白である。そして子を拘束する夫婦の一方の監護のもとに置かれるよりも、夫婦の他の一方に監護されることが子の幸福になることが明らかであれば、本件のように子の監護が不穏当な手段を用いることなく開始された場合においても幼児に対する拘束の違法性が顕著であるということができる。したがつて拘束者の被拘束者に対する現在の拘束はその違法性が顕著である。

(原  啓)

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